「電子式低温加水分解装置」進歩性判断 平成27(行ケ)10024

平成27年10月22日判決言渡
平成27年(行ケ)第10024号 審決取消請求事件

1.事件の概要

原告は、被告の実用新案登録第3150628号「電子式低温加水分解装置」を無効とするべく審判請求をしたところ、請求不成立(登録維持)と審決されました。本件は、この審決の取り消しを求めて原告が提起したもので考案の進歩性判断(相違点についての判断)の是非が争われました。

2.実用新案登録請求の範囲(符号及び括弧書きは本コラムで加えた。)

 鉄板などで作られた密閉容器(本体1)のなかに攪拌装置(撹拌軸2&撹拌羽根4)と,
密閉容器の底に多孔管15と,
密閉容器中の空気を送風機13で吸引して密閉容器の底に取付けた多孔管15から送り込める空気の循環装置と
その循環装置を介して電子化された空気を密閉容器に吹き込む電子化装置と,
密閉容器の上部から資材を投入するための投入蓋10と,
密閉容器の底部から処理物を取り出すための取出蓋11と,
密閉容器から空気を排気するための排気管18と
を備えることを特徴とする電子式低温加水分解装置。

U3150628FIG

 

3.審決の理由の要点

本件考案と甲1考案とは4つの相違点がありますが、そのうち審決と判決とで判断が分かれた相違点4とそれに対する判断のみ判決文より抜粋して以下に引用します。

相違点4
本件考案は,「密閉容器中の空気を送風機で吸引して密閉容器の底に取付けた多孔管から送り込める空気の循環装置」を備えていて,電子化された空気の密閉容器への吹き込みは,「その循環装置を介して」行われるのに対し,甲1考案は,そのような空気の循環装置は備えておらず,オゾンの供給がどのように行われるのか不明な点。

相違点の判断
① 甲1考案に用いられる活性酸素は,有機性廃棄物中の水に溶解した酸素とオゾン供給手段からのオゾンから生成されるものである。そして,甲1考案では,外部から通気口を介して,十分な量の酸素を含んだ空気と,オゾンを供給するようになっていると解することができる。技術常識に照らせば,反応器の内部の空気を循環させることによっては,反応器内の水に溶ける酸素の量やオゾンの量を増やすものではないことは明らかであるから,甲1考案において,反応器内の空気を循環する空気の循環装置を採用する動機付けは見当たらない。
甲1考案は,微生物を利用したものではないことから,甲2考案における反応容器内を微生物の発酵処理に適した好気雰囲気に保持するような課題は存在しない。
③ 甲1考案では,装入された混合物は,回転軸に取り付けられた撹拌羽根によって撹拌されていて,反応容器の上部と下部とで,水分分布が極端に不均一になることは想定しにくいことから,甲2考案における保湿成分(水分分布)を均一にするというような課題も存在しない。

小括
相違点4に係る構成は,当業者がきわめて容易に想到し得たものではなく,相違点1~3について検討するまでもなく,本件考案は,当業者がきわめて容易に考案し得たものとはいえない。

4.裁判所の判断(抜粋)

裁判所は、本件考案、甲1考案及び甲2考案を認定し、甲1の明細書内容を提示した上で、以下のように説示しました。

上記記載によれば,甲1考案で分解反応に用いる酸素は,有機性廃棄物と無機性廃棄物との混合物中の水分に溶解した形で供給されるものであるから,有機性廃棄物の効率的な分解のために,上記混合物中の水分に溶解した酸素の量が多い方が望ましいことは,当業者にとって明らかである。
一方,前記1(3)のとおり,甲2考案は,密閉型の発酵槽を使用した発酵処理装置において,発酵槽の上下部に複数の開口を有する吸気管及び送気管を配置し,循環路に送風機及び外気取り入れ口を設け,発酵槽内を空気循環による好気雰囲気に保持する空気循環機構である。甲2考案の空気循環機構を用いた場合には,発酵槽の下部に配置された送気管から送出された空気が有機性廃棄物を通過するから,有機性廃棄物中の水分に空気中の酸素を溶解させる上で好都合であることは,当業者であれば容易に理解できることである。
そうすると,甲1考案において,分解反応を促進するために,有機性廃棄物と無機性廃棄物との混合物中の水分に溶解する酸素量を多くして,甲2考案の空気循環機構を採用して相違点4に係る本件考案の構成とすることは,きわめて容易であるといえる。

さらに,被告は,甲1考案は微生物を利用したものではなく,微生物の発酵処理に適した好気雰囲気を保持する課題は存しないから,甲2考案を組み合わせる動機付けはない旨を主張する。しかしながら,空気循環による好気雰囲気を保持することによって有機性廃棄物中の水分に溶解する酸素量を多くするとの技術事項を適用するに当たり,有機性廃棄物の分解機序が相違することは,その適用の妨げとなるものではない。被告の上記主張は,採用することができない。

なお,甲2考案は,被処理物の保湿分布を均一にして処理反応を均一かつ効率的に起こさせるという技術課題を直接の対象とするものであり(【0004】),・・・したがって,甲1考案に保湿分布を均一にするという技術課題がないからといって,甲1考案に甲2考案の上記にいう空気循環機構を適用することが妨げられるものではない。

以上のとおり,本件考案の相違点4に係る構成を当業者がきわめて容易に考案し得たとはいえないとした審決の判断には,誤りがある。

5.当職のコメント

審決では、「反応器の内部の空気を循環させることによっては,反応器内の水に溶ける酸素の量やオゾンの量を増やすものではないこと」を技術常識と説示しているのに対して、判決では、「空気循環機構を用いた場合には,・・送気管から送出された空気が有機性廃棄物を通過するから,有機性廃棄物中の水分に空気中の酸素を溶解させる上で好都合であることは,当業者であれば容易に理解できる」と説示しています。特許庁審判官の言う技術常識が必ずしも真の技術常識ではないことの参考になります。

一般に、主引例と副引例とで課題が共通しているとき、両者を組み合わせることができる、つまり進歩性(容易に考案できなかった)が無いと判断されます(特許庁審査基準)。一方、主引例に副引例を適用すると主引例の課題を解決することができなくなるなど、阻害事由があるとき、進歩性があると判断されます(特許庁審査基準)。
今回の主引例と副引例とは、副引例の課題が主引例に存しないことから課題に共通点はありません。
しかし、両引例間に阻害事由もない場合、主引例の技術に副引例の技術を適用することにより、主引例の効果が促進されるのであれば、主引例に副引例を適用することは容易であることを主張できることの参考になる判決であると言えます。

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