結合商標 エリエール/i:na 平成27(行ケ)10171

平成28年1月28日判決言渡
平成27年(行ケ)第10171号 審決取消請求事件

1.事件の概要

原告・大王製紙株式会社が、上段に斜体で表した「エリエール」、下段に太文字筆記体で上段よりひとまわり大きく表した「i:na」とその下に小さく表した「イーナ」を配した結合商標を商標登録出願したところ、拒絶査定を受けたので、審判請求しましたが、手書き風の「e-na」とその「-」の上に近接して小さく表した「いーな」からなる引用商標に類似し、商標法4条1項11号に該当するとして「本件審判の請求は、成り立たない。」と審決されました。本件は、この審決の取り消しを求めて原告が提起したものです。
争点は、①本願商標から「i:na」と「イーナ」だけを抽出して類否判断することの可否、及び②本願商標と引用商標の類否です。

2.裁判所の判断(抜粋且つ複数中点「・・」は当職による)

(1)先ず、本願商標から「i:na」と「イーナ」だけを抽出して類否判断することの可否について、裁判所は本願商標の上段部分と下段部分とが外観上明瞭に区別して認識されるとした後、本願商標の観念に言及して以下のように論じました。

・・次に,本願商標から生じる観念について考察するに,まず,本願商標の上段部分を構成する「エリエール」は,それ自体が特定の意味をもった既成語ではないが,本件審決当時,製紙メーカーである原告の製造及び販売に係るティッシュペーパー,トイレットペーパー等の商品のブランド名を表す商標として,我が国の一般消費者に広く知られていたものであるから(争いがない。),上段部分の「エリエール」から,原告の周知商標としての「エリエール」の観念が生じるものといえる

他方,本願商標の下段部分の構成中,「i:na」は,特定の意味を持たない造語と認められ,また,「イーナ」は,「i:na」の読みを表すものであることが明らかであるから,これらの下段部分からは,特定の観念が生じないというべきである
してみると,本願商標の上段部分と下段部分とは,観念の点においても特段の結びつきがあるものではなく,明瞭に区別して認識されるものといえる。

この点,原告は,本願商標の下段部分の「イーナ」は日本語の「いいな」に通じ,「物事が質的に他よりすぐれまさっている」ことを表す話し言葉が想起され,他方,上段部分の「エリエール」は原告の周知商標であることから,本願商標全体から,「エリエール(は)いいな」との観念が生じる旨主張する。

しかし,本願商標の構成中,下段部分の「イーナ」の文字は,「i:na」の読みを表すものにすぎないし,また,「i:na」の文字が直ちに日本語の「いいな」を想起又は連想させるものとは認められないから,原告の上記主張は理由がない

裁判所は、さらに本願商標の取引の実情に言及して、下段部分について以下のように論じています。

・・・本願商標の外観構成に加えて,上記取引の実情を考慮すると,本願商標の指定商品に使用された本願商標に接した取引者,需要者においては,本願商標の構成中,上段部分の「エリエール」については,原告の周知商標である「エリエール」がブランド名として表記されたものであると認識した上で,下段部分の「i:na」及びその読みを表す「イーナ」については,当該個別の商品を表すペットマークとして表記されたものと認識するのが通常であると考えられる

以上のとおり,本願商標は,上段部分の「エリエール」と下段部分の「i:na」及び「イーナ」とから構成される結合商標であるが,上段部分と下段部分は,外観上明瞭に区別して認識されること,本願商標の下段部分の「i:na」は,上段部分の「エリエール」に比して,文字が大きく,かつ,太く表記されており,視覚上強い印象を与えるものであること,さらには,前記ウ認定の取引の実情を考慮すると,本願商標の上段部分と下段部分はそれを分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合しているものとは認められないものであって,その下段部分は,取引者,需要者に対し,相当程度強い印象を与えるものであり,独立して商品の出所識別標識として機能し得るものと認められる

そうすると,本願商標から下段部分を要部として取り出し,これと引用商標とを比較して商標そのものの類否を判断することも許されるものといえる

したがって,本件審決が,本願商標の構成中,「i:na」の欧文字及び「イーナ」の片仮名からなる下段部分を要部として抽出し,これと引用商標とを対比して商標の類否を判断したことに誤りはない。

(2)次に、本願商標と引用商標の類否について、裁判所は、本願商標の下段部分と引用商標が、外観において明らかに相違し,その相違の程度は顕著であると認めた上で、観念及び取引の実情に言及し、

本願商標の下段部分から特定の観念が生じないことは,前記(1)イで述べたとおりである。
また,引用商標の構成中,「e-ná」は,特定の意味を持たない造語と認められ,また「いーな」は,「e-ná」の読みを表すものであることが明らかであるから,引用商標からも,特定の観念が生じないというべきである
したがって,本願商標の下段部分と引用商標とを,観念において比較することはできない。

本願商標の指定商品である「ティッシュペーパー,トイレットペーパー,その他の紙類」に係る取引又は引用商標の指定役務中の「紙類の小売等役務」及び「壁紙の小売等役務」に係る取引において,本件審決当時,商標の称呼のみによって取引が行われる実情があることをうかがわせる証拠はない。

と論じたうえで、「本願商標と引用商標とは全体として類似しているものと認めることはできない。」として、「本件審決を取り消す。」と判示されました。

3.当職のコメント

本願商標は、上段部分と下段部分という複数の構成を組み合わせた結合商標です。結合商標については、その一部だけを抽出して他人の商標と類否判断することは原則として許されませんが

  1. その部分が出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められる場合や、
  2. それ以外の部分から出所識別標識としての称呼、観念が生じないと認められる場合

などには、例外としてその一部を要部として取り出し、類否判断することも許されると解されています(最高裁平成19年(行ヒ)223号)。

従来、この例外的な判断がなされた結合商標は通常、前記①の「強く支配的な印象を与える」要部が一つのものでした。

しかし、本件の場合、裁判所は上段の「エリエール」を周知商標と認定したうえで、更に下段の「i:na」(イーナ)をも視覚上強い印象を与えるものであって出所識別標識として機能しうると認定しました。即ち、裁判所は、前記原則通り「本願商標は全体で一体のロゴを構成する商標」とする原告の主張を退けて、上段と下段の両方をそれぞれ要部と認定し、下段だけを取り出して引用商標と比較したと言えます。複数の要部を有する結合商標の類否を判断する際のの参考になると思います。

「i:na」と「e-na」とでは称呼を同一にするとはいえ、外観が大きく相違することから、確かに誤認混同を生ずるおそれがあるとはいえず、判決は妥当と思量します。

しかし、「i:na」も「e-na」もどちらも特定の観念を生じないとした判旨はひっかかります。一般に商標登録出願人は、たとえ造語からなる商標であっても何らかの意味を含ませているものであり、しかもどちらも敢えて片仮名又はひらがなで読みを付けているのですから、需要者においては「いいな」を連想するのが普通のような気がします。この点で判決理由を少し疑問に思うのは当職だけでしょうか。

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