「炭化珪素半導体装置の製造方法」平成25(行ケ)10300

1.事件の概要

本件は、被告が特許出願し特許第5046083号として特許を取得し、これに対して原告が本件特許を無効にするための審判請求したところ、特許庁が「審判の請求は成り立たない。」(特許維持)との審決をしたので、原告が審決の取り消しを求めて知的財産高等裁判所に提訴したものです。原告は、取消事由1~7まで主張しましたが、取消事由1(本件発明の要旨認定の誤り)の判断のみ掲載します。

2.特許請求の範囲の記載

【請求項1】・・・炭化珪素膜に、・・・高温活性化処理する工程を含む炭化珪素半導体装置の製造方法において、
上記・・炭化珪素膜は、・・・・炭化珪素基板上に堆積されており、
・・・・上記高温活性化する工程後に、上記炭化珪素膜表面を犠牲酸化する工程及び犠牲酸化により形成された40nm以上(ただし、50nm未満を除く)の二酸化珪素層を除去する工程を備えたことを特徴とする炭化珪素半導体装置の製造方法。
【請求項2】・・・請求項1に記載の・・・製造方法。
【請求項3】・・・請求項1に記載の・・・製造方法。
【請求項4】・・・請求項1に記載の・・・製造方法。

3.裁判所の判断(平成26年11月4日判決)

 原告は、審決が本件発明1の要旨を「・・・『除去する工程』は、・・・取り除く工程であるから、『犠牲酸化により形成された』『二酸化珪素層』をすべて取り除くものと認められる。」と認定したことについて、特許請求の範囲を超えて「すべて」という文言を付加したものであって、リパーゼ判決に反し、本件発明1の要旨の認定を誤ったものであると主張する。

この点、「除去」の辞書的意味は、広辞苑(乙1)によれば、「とりのぞく」ことである。もっとも、本件特許の特許請求の範囲の請求項1には、「犠牲酸化により・・・二酸化珪素を除去する工程」における除去の対象につき、二酸化珪素層の全部であるのか、又は、全部及び一部の両方を含むのかにつき、これを明示する記載はなく、同請求項の記載から一義的に明確に理解できるとまではいえない。したがって、本件においては、本件明細書の記載を参酌することが許されるものというべきである。なお、このような参酌はリパーゼ判決に反するものではない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・。従来技術として、・・・犠牲酸化を行う製造工程が知られているが、活性化後に犠牲酸化で表面から取り除く汚染又は損傷等した層の量が少なければ、漏洩電流の劇的な減少が見られなかった(【0007】、【0008】)。そこで、本件発明1では、二酸化珪素層を40nm以上とすることによって、取り除く汚染又は損傷等した層の量を確保し、これを・・・除去することによって、・・・問題を解決し、・・・効率良く製造することができるようにしたというものである。

上記の本件発明の課題及びその解決手段によれば、本件発明は、・・・・・量的に十分に確保された二酸化珪素層を全部除去することによって、漏洩電流の問題を解決しようとするものであると理解するのが自然である。

しかも、・・・、本件明細書には、二酸化珪素層を全部取り除く例の記載はあるものの、・・一部を取り除くことについての明示の記載はない。

さらに、本件明細書には、・・・・フッ化水素酸によって処理する・・・方法が記載されている。他方、・・・ショットキー電極の形成部分についてのみ全部除去され、他の部分については一部除去されるという製造方法を採るためには、本件明細書に記載された上記方法とは別の工程(例えば、甲1におけるエッチング)が必要になるものと解されるが、本件明細書にはそのような工程を予定していることを読み取れるような記載はない。

したがって、上記と同旨の審決の本件発明1の要旨の認定に誤りはない。

3.小職のコメント

(1)リパーゼ判決の概略
先ず原告が主張の根拠とし、判決文でも言及されているリパーゼ判決(最高裁昭62(行ツ)第3号)を概説します。
請求項では「リパーゼ」について文言上限定されていませんでしたので、特許庁審判官は広義に解し、引用文献との関係で発明の進歩性を否定する審決をしました。
出願人は審決の取消を求めて東京高裁に提訴したところ、東京高裁は「発明の詳細な説明を検討すると、それはRaリパーゼを意味する。」として限定解釈し、審決を取り消しました。
これに対して、最高裁は「・・発明の・・要旨認定は、・・特許請求の範囲の記載に基づいてされるべきである。特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に理解することができないとか、一見して誤記であることが明細書の発明の詳細な説明の記載に照らして明らかであるなどの特段の事情がある場合に限って、・・・詳細な説明の記載を参酌することが許されるにすぎない。・・・Raリパーゼ以外のリパーゼはおよそ用いられるものでないことが当業者の一般的な技術常識になっているとはいえないから、明細書の発明の詳細な説明で技術的に裏付けられているのがRaリパーゼを使用するものだけであるとか、実施例がRaリパーゼを使用するものだけであることのみから、特許請求の範囲に記載されたリパーゼをRaリパーゼと限定して解することはできないというべきである。」と判示しました。

(2)本件判決について
本件をリパーゼ判決と照らし合わせると、請求項に「すべて」の文言が省かれていることが誤記でないことは明らかです。また、「すべて除去する」ことが当業者の一般的な技術常識になっているとはいえませんし(いえれば発明の新規性が無いことになる。)、一部だけ除去することもエッチングなど本件出願時に公知の技術で可能です。
更にまた、原告主張のように、ショットキー電極が形成される予定以外の場所に位置する二酸化珪素を必ずしも除去する必要は無いと思われます。この点に関して、原告が、ショットキー電極が形成される予定部分のみ二酸化珪素を除去することにより漏洩電流を減少させた比較実験結果を証拠として提出していなかったのが、残念です。
よって、小職としては判旨は疑問です。

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