購入者の守秘義務 平成27(行ケ)10069

平成28年1月14日判決言渡
平成27年(行ケ)第10069号 審決取消請求事件

1.事件の概要

原告は、発明の名称を「棒状ライト」とする特許5324681号の特許権者で、概ね、胴体部、発光部、ヘッド部、保持部、電源部及び散熱部を備えたある製品(本件製品)を本件特許出願前に販売していました。そして、原告は、販売に際して、本件製品のパッケージ裏面に「意図的に分解・改造したりしないでください。破損、故障の原因となります。」と表示していました
被告は、特許庁に対し、前記販売事実を証拠とする公然実施を理由に本件特許を無効にするべく審判の請求をしたところ、請求項1、3ないし7、9に係る発明について請求認容(特許無効)と審決されました。
本件は、この審決の取り消しを求めて原告が提起したもので、前記散熱部が保持部の内部にあって保持部を分解することにより、その構成(審決が認定した構成F)を知りうるところ、前記パッケージ裏面の表示が購入者に対して守秘義務を生じさせるものであるか否かが主に争われました。

2.裁判所の判断(抜粋)

前記のとおり,本件製品は,小売店であるディスカウントショップで商品として販売されていたため,不特定多数の者に販売されていたと認められる。また,前記争いのない事実によれば,当業者であれば,本件製品の構成F以外の構成は,その外観を観察することにより知ることができ,本件製品の構成Fについても,本件製品の保持部分を分解することにより知ることができるものと認められる。
そして,本件製品が販売されるに当たり,その購入者に対し,本件製品の構成を秘密として保護すべき義務又は社会通念上あるいは商慣習上秘密を保つべき関係が発生するような事情を認めるに足りる証拠はない。
また,本件製品の購入者が販売者等からその内容に関し分解等を行うことが禁じられているなどの事情も認められない。本件製品の購入者は,本件製品の所有権を取得し,本件製品を自由に使用し,また,処分することができるのであるから,本件製品を分解してその内部を観察することもできることは当然であるといえる。
以上によれば,本件製品の内容は,構成Fも含めて公然実施されたものであると認められる。

原告は,本件製品の構成Fは本件製品を破壊しなければ知ることができないし,本件製品のパッケージ裏面の「意図的に分解・改造したりしないでください。破損,故障の原因となります。」との記載(甲4)により,本件製品の分解が禁じられており,内部構造をノウハウとして秘匿するべく購入者による本件製品の分解を認めていないのであるから,本件製品の購入者は社会通念上この禁止事項を守るべきであり,警告を無視する悪意の人物を想定し,本件製品の破壊により分解しなければ知ることができない構成Fについて「知られるおそれがある」と判断することは特許権者である原告に酷である旨主張する。
しかし,本件製品のパッケージ裏面の前記記載は,その記載内容等に照らすと,意図的な分解・改造が本件製品の破損,故障の原因となることについて購入者の注意を喚起するためのものにすぎないといえる。本件製品のパッケージ裏面の意図的な分解・改造が破損,故障の原因となる旨の記載により,この記載を看取した購入者がそれでもなお意図して本件製品を分解し,本件製品を破損・故障させるなどした場合については,販売者等に対し苦情を申し立てることができないということはあるとしても,この記載を看取した購入者に本件製品の構成を秘密として保護すべき義務を負わせるものとは認められず,そのような法的拘束力を認めることはできない。また,上記記載があるからといって,社会通念上あるいは商慣習上,本件製品を分解することが禁止されているとまでいうことはできず,秘密を保つべき関係が発生するようなものともいえない。

原告は,特許庁の審査基準に記載された工場の例をあげ,本件の事例を審査基準の例に当てはめれば装置の前に内部を見ることを禁止する看板が掲げられているようなものであるから,本件製品の販売が「公然知られるおそれのある状況」であるとするのは不当である旨主張する。
しかし,前記審査基準における例示は,装置の所有権等の管理権が工場側にあることを前提とするものであるのに対し,前記のとおり,本件製品の購入者は,本件製品の所有権を取得しており,本件製品をどのように使用し,処分するかは購入者の自由であるといえるから,原告の上記主張は,その前提を欠くものといわざるを得ない。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。

3.当職のコメント

判決は妥当と思量します。パッケージ(包装容器)の記載は守秘義務を生じさせるものではないことの教訓となります。包装紙や取扱説明書の記載についても同様でしょう。

本件特許の出願日は平成24年5月29日で、前記販売事実の証拠として小売店で本件製品が購入された日が平成24年4月20日ですから、平成24年4月1日施行の特許法第30条第3項に基づいて原告が新規性喪失例外の規定の適用を受ける旨、願書に記載しておけば、本件特許はいずれも無効にされることはなかったはずです。

しかし、判決文からは読み取れませんが、原告が現実に本件製品の販売を開始したのがひょっとすると平成24年3月31日以前であって、当時は販売事実は前記規定の適用外であったことから、適用を受けることを断念したのかもしれません。あるいは、本件に対応する外国出願を考慮して適用を受けることを断念したのかもしれません。

いずれにしても、物としての製品を販売した以上は、その製品に係る発明は新規性を失うことを覚悟し、新製品を開発した場合、市場に出すまえに特許出願の要否を念入りに検討することをお勧めします。

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