「・・・アミン反応化合物」平成26(行ケ)10052/明細書の記載

1.事件の概要

本件は、発明の新規性や進歩性ではなく、明細書や特許請求の範囲の記載について争われた事件です。化学分野における明細書の書き方について参考になります。

原告は、発明の名称を「一種、またはそれ以上の有効成分を含んでなるアミン反応化合物」とする発明につき、1999(平成11)年7月12日に国際出願をし、日本国に移行(特願2000-559213)したところ、拒絶理由通知を受け、意見書等提出しましたが、拒絶査定を受けたので、査定不服の審判を請求しました。審判段階でも、最終的に特許庁が「審判の請求は成り立たない。」(拒絶維持)との審決をしたので、原告が審決の取り消しを求めて知的財産高等裁判所に提訴したものです。

原告は、請求項中の種々の技術用語に関する明確性要件違反についての判断の誤り(取消事由1、3、6)、及び請求項における種々の技術的事項に関するサポート要件違反等についての判断の誤り(取消事由2、4、5)を主張しましたが、今回判示された「多数のアミン化合物の選択肢に関するサポート要件違反及び実施可能要件違反についての判断の誤り」(取消事由4)の部分を主に掲載します。

なお、請求項の中で「ならびに」と「及び」とが両方用いられていますが、法律上は「ならびに」が大きい接続、「及び」が小さい接続に用いられます。つまり、「A及びBならびにC」というときは、「(A及びB)ならびにC」となります。

2.特許請求の範囲の記載(請求項2以下は省略)

【請求項1】1重量%~80重量%の柔軟化合物ならびに、第一及び/又は第二アミン化合物と、香料ケトン、香料アルデヒド、・・・から選ばれる有効成分との間の反応生成物、を含んでなる柔軟化組成物であって、
前記組成物は・・・・含み、
前記アミン化合物の臭気度が、ジプロピレングリコールに溶かしたアントラニル酸メチルの1%溶液のそれよりも低く、かつ、前記アミン化合物が、ポリエチレンイミン、・・・及びそれらの混合物であるポリアミンから選ばれたものであり、
該組成物は・・・を特徴とする、柔軟化組成物。

3.明細書の記載(要部のみ)

【0003】・・・業界では、洗濯用・クリーニング用製品における効率的で効果的な芳香の送出、特に布地への長持ちする芳香の付与についての改良が、引き続き急務となっている。
・・・
【0007】その必要性は、・・・アルデヒド類やケトン類の香料成分に対しては、より深刻である。実際、これらの香料は清々しい香りをもたらす一方、揮発性も非常に高く、布地のような処理しようとする表面上での残留性は低い。
・・・
【0009】本出願人は今回、アミン化合物と活性アルデヒドまたはケトンとの、イミン化合物のような特定の反応生成物も香料のような有効成分の遅延放出性をもたらす、ということを見出した。
・・・
【0125】・・・これらのイミンは、第一アミンとカルボニル化合物を、水を除去して縮合させることにより、容易に作ることができる。
・・・
【0129】イミン化合物の場合には、香料成分はイミン結合が分解する際に放出され、香料成分の放出、及び第一アミン化合物の放出につながる。・・・

4.裁判所の判断(平成26年11月20日判決)

・・・
本願明細書【0243】以下には、本願発明によるとされる化合物の合成例が、同【0257】以下には、本願発明によるとされる布地柔軟化組成物等の具体的な配合物がそれぞれ記載されている。
もっとも、上記の布地柔軟化組成物等の具体的な配合物において、本願発明の反応生成物からの香料成分の放出がどの程度遅延するのかや、本願発明の組成物で処理した布地における香りの残留性等、本願発明の課題に関連する効果については何ら具体的な記載がない。
・・・本願請求項1には、・・・香料ケトン及び香料アルデヒドの種類については何ら特定されていない。
一般に、化合物の分解速度は、・・・当業者といえども、実際に実験をしない限り予測し得るものではない。このことは、本願請求項1の反応生成物からの香料成分の放出についても同様であると解され、本願請求項1のアミン化合物が様々なものを包含するものである以上、・・・その一般式においてR、R’、及びR”がどのような基であるかに応じてCH-NH結合が分解を受けて香料成分を放出する速度はそれぞれ異なるものと解される。
しかし、本願明細書の【発明の詳細な説明】には、・・・具体的な配合例の記載はあるものの、成分の記載があるにとどまり、・・・本願発明の課題の解決に必要な程度に望ましい香料成分の遅延放出をもたらすことや、布地における清々しい香りの残留性を改良できることを示す具体的な記載はされていない。
また、・・・本願明細書【0125】ないし【0130】には、・・・分解して芳香物質を生成するまでの反応の一般的な説明は記載されている。しかし、上記の一般的な説明のほかには、・・・任意の香料ケトン又は香料アルデヒドと反応させて得たイミン化合物又はβアミノケトン化合物であれば、望ましく遅延した速度で香料を放出し、清々しい香りの残留性を改良するという本願発明の上記課題を解決できることについては何ら理論的な説明はされていない
以上によれば、当業者といえども、・・・請求項1において規定された反応生成物の全てが、望ましく遅延した速度で香料を放出し、清々しい香りの残留性を改良するという本願発明の課題を解決できるものであると認識することはできないものというべきである。
・・・
以上によれば、原告の取消事由4の主張は理由がない。そうすると、その余の取消事由について判断するまでもなく、・・・審決の結論に誤りはない

5.小職のコメント

本件出願は、明細書が100ページを超える膨大な技術情報を含むもので、合成例も配合例も十分に記載されていました。

しかしながら、裁判所の判断にもあるように、合成例や配合例で示された柔軟化組成物が、どの程度に香料成分の遅延放出をもたらすのかという具体的な効果が記載されていませんでしたし、それに代わる理論的な説明もされていませんでした。
従って、判決は妥当です。

一般に、化学分野では実験をしなければ計り知ることができない現象が多く、明細書において実験結果は必須でしょう。

ただし、請求項に記載の構成であれば、発明の課題を解決できることについて理論的な説明が可能であれば、それを記載しておくことにより、サポート要件を充足する場合もあり得るでしょう。

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